Bernd H. Schmitt(1998)は、エスセティクスマーケティングを「企業やブランドを通じて感覚的経験を顧客に提供し、組織やブランドのアイデンティティ形成を促進するマーケティング活動」と定義した。エスセティクスの語源はギリシャ語「感覚的に知覚される美学・審美観」で、企業やブランドのアイデンティティの開発・実行にはエスセティクスが不可欠であり、「企業の表現」が「顧客の印象」への至るプロセスにおいては、「スタイル」と「テーマ」が重要なコンセプトである、と指摘している。スタイルとは視覚・聴覚・味覚・嗅覚・触覚の五感に働きかける特質のことであり、テーマはスタイルに意味を吹き込む中核的なメッセージである。そしてエスセティクスが組織にもたらす利益として「顧客ロイヤリティ」「プレミアム価格」「情報の洪水の突破」「競合からの防御」「生産性(ガイドラインによる組織の方向性の統一)」を挙げている。
Bernd H. Schmitt(2000)は、前著「エスセティクスのマーケティング戦略」における「エスセティクス」をキーワードとした感覚的経験だけではなく、認知・思考過程を経る個人的な経験、さらに自己表現・帰属性といった社会との関係性の中で得られる経験まで含めて対象領域として拡張している。同著では、マーケティング活動に役立たせる戦略的基盤として、経験価値をSENSE(感覚的経験価値)、FEEL(情緒的経験価値)、THINK(創造的・認知的経験価値)、ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般)、RELATE(準拠集団や文化との関連付け)の5つに分類した「戦略的経験価値モジュール(SEM:Strategic Experiential Module)」を提案している。以下、5つの分類について説明する(表1)。
「SENSE(感覚的経験価値)」とは、顧客の五感(視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚)に直接的に訴えかけることにより、感覚的に生み出される経験価値のことである。前著で詳述した美的な楽しみ(エスセティクス)、あるいは刺激的な興奮を顧客に提供することができる。
「FEEL(情緒的経験価値)」とは、顧客の内面にあるフィーリングや感情に訴えかけることにより、情緒的に生み出される経験価値のことであり、比較的程度の軽い気分(Moods)から程度の強い感情(Emotions)まで含む。
「THINK(創造的・認知的経験価値)」とは、顧客の創造力を引き出す認知的・問題解決的な経験を通して顧客の知性に訴求する経験価値のことである。
「ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般)」とは、肉体的な経験価値、ライフスタイル、そして他人との相互作用に訴える経験価値である。
「RELATE(準拠集団や文化との関連付け)」とは、集団社会における個人の自己実現への欲求に訴求する経験価値のことである。消費者がお互いに結びつきを感じるユーザー・グループの形成から、消費者が特定のブランドを社会的な中核とみなし、自ら率先してそれを奨励し促進していくというロイヤリティの高いブランド・コミュニティの形成に至るまで広範囲に及ぶ。
表1 5つの経験価値
SENSE(感覚的経験価値) |
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を通じた経験 |
FEEL(情緒的経験価値) |
顧客の感情に訴えかける経験 |
THINK(創造的・認知的経験価値) |
顧客の知性や好奇心に訴えかける経験 |
ACT(肉体的経験価値とライフスタイル全般) |
新たなライフスタイルなどの発見 |
RELATE(準拠集団や文化との関連づけ) |
特定の文化やグループの一員であるという感覚 |
出典:Bernd H. Schmitt [2000]『経験価値マーケティング』ダイヤモンド社より著者作成
引用参考文献
バーンド・H・シュミット[1998]『エスセティクスのマーケティング戦略』ダイヤモンド社